自動車教習所に通っていたときのことです。
その日は教習所内のコースを走る練習でした。実技練習は何度目かでしたが、隣に教官が乗ることに安心感よりも「怒られたらどうしよう」と恐怖心を抱いていたわたしは、回数を経ても緊張しまくりで車に乗り込みました。
細かい部分の指導を受けながらも、コースを無事に回りきり、一安心。
かと思いきやそれで終了ではなく、その日はもうひとつの課題がありました。
「ハイドロプレーニング現象」を実際に体験する、というものです。
教習所でのハイドロプレーニング現象
ハイドロプレーニング現象とは、濡れた道路の走行などでタイヤと路面のあいだに水が入りこみ、ブレーキやハンドルがきかなくなること。
教習所内にはハイドロプレーニング現象を体験するための大きな水たまりゾーンがありました。スピードを出した車で水たまりに突っ込んでいって、急ブレーキをかける、というものです。
教習所内とはいえ危険度が高い体験。そのためか、まず最初は選手交代して教官が運転するという段取りでした。
一瞬の気のゆるみ
それは、わたしが運転席を降りるときのことでした。
ドアを開け、運転席から降りて外に出て、ドアを閉める。その三つの動作のうち、最後の段階でミスをしました。
ドアに指先をはさんでしまったのです。
なにがどうなったのかよくわからないのですが、右手の人差し指の第一関節から先、爪の真ん中あたり。
なんで。どうして。右手でドアを閉めたはずなのに。その右手のうち一番長いわけでもない人差し指がはさまれてるのなんでだろう。なんでだろう。
信じがたい光景を目の前にしながら、文字通り「ギャアアア」と叫びました。無意識に声が出ました。楳図かずおの漫画に出てくるキャラのような迫真の叫びでした。
どうやってドアから指を引き抜いたのか、ちょっとよくおぼえていません。
記憶というのは、出来事のあとに脳がきちんと「記録」をしないとうまく保存されないようです。あまりにショックを受けると、ただ「衝撃的なことがあった」という事実のみが保存され、記憶は断片的になるそうです。
まさに断片的な記憶のなかで浮かんでいるのは、ドアに挟まれて硬直した右手と、教官の苦笑い。
衝撃で呆然とする生徒に、教官は「君って意外とおっちょこちょいだね★」とだけコメントして、平然と教習が続行されたのでした。
痛みと恐怖のハイドロプレーニング現象
おっちょこちょいな生徒が車のドアに指をはさむ、というのはもしかしたら教習所ではよく見られる光景なのかもしれません。
しかし「よくあること」だからといって痛みが薄れるわけではありません。教官が得意げにハイドロプレーニング現象を起こすあいだも、わたしの人差し指はだんだんと痛みを増していきました。おそるおそる観察してみると、ドアにはさんだ部分が爪を一直線に分断するように凹んでいます。
肝心のハイドロプレーニング現象は、本物の自動車なだけに遊園地のアトラクションなんかよりずっと恐ろしいものでした。「泣きっ面に蜂」というのはまさにこのことなのかもしれない、とわたしは身をもって実感しました。
おわりに&検証
車の運転を習うためにはまず、正しいドアの開閉のしかたから学ぶ必要があるんじゃないかと、強く思います。
あのときはパニックになって理解できませんでしたが、よくよく検証してみると、ドアを閉めるときにハンドルの部分を押していませんでした。窓近くのへり部分に指をかけて閉めていたのです。今になって思えば、そりゃはさまれてもおかしくない、君っておっちょこちょいだね案件です。教官はやはり正しかった。
ちなみに指が完治するまでは2ヶ月近くかかった記憶があります。内出血した爪がはがれ落ち、あたらしい爪が形成されるまで、ガーゼと包帯をしていたので不便でした。
ハイドロプレーニング現象と車のドア、それはわたしに驚きと恐怖と痛みによって結び付けられて、今でも記憶の奥底に刻み込まれています。
お読みいただきありがとうございました。