久しぶりに本を読みました。
高瀬隼子「おいしいごはんが食べれらますように」
第167回芥川賞を受賞した小説です。
読み終えて、モヤモヤした気持ちが残ったので書き残しておきます。
本の概要
「おいしいごはんを食べられますように」では、三人の主要人物が登場します。
三人は同じ会社に勤めています。
簡単に説明すると、以下の三人です。
・二谷
男性。仕事も食事も最低限でいいと思っている。甘いものが嫌い。文系に進めなかったことを悔やんでいる。投げやりなところがある。芦川と付き合う。
・押尾
女性。三人の中では一番後輩。やると決めたらきっちりやりたいタイプ。元チアリーダー部と揶揄されるのが好きではない。芦川が苦手だと二谷にこぼす。
・芦川
女性。二人の先輩にあたるが上司ではない。仕事が不得意でよく体調を崩す。料理や菓子作りが好きでよく会社に持ってくる。物腰が柔らかく笑顔が多いのでパート社員などからは評判が良い。
物語は二谷と押尾、二つの視点で描かれています。
どちらの視点か読み分けるのに最初は戸惑いました。
文中の一人称が「二谷」で他の人物が「押尾さん」「芦川さん」になっているのが二谷視点。
一人称が「わたし」で他の人が「二谷さん」「芦川さん」となっていれば押尾の視点、ということが途中からわかりました。
芦川の視点からは描かれませんが、物語は芦川を軸にして展開していきます。
二谷は芦川が作る食事を嫌悪していますが、その事実を本人に告げずに付き合います。
押尾は仕事ができない芦川に苛つき、それを二谷に告白。ふたりで芦川さんに意地悪しませんかと持ちかけます。なぜ押尾がそこまで芦川にストレスを感じたかは、いくつかのエピソードで語られます。芦川ができないぶんの割を食うのが押尾で、身体を張って穴埋めするのを当たり前とされる雰囲気にたまらなくなった様子。
芦川さんがちいかわになれなかった理由
この小説は読み進めるうちに芦川さんへのヘイトがたまる仕組みになっています。
芦川さんは過去に受けたパワハラ事情もあり、苦手な仕事や激務に耐えられません。
ひどい頭痛がしてしまうのです。それを正直に告げ、定時はもちろん、時には早退します。
その穴埋めを余儀なくされるのは二谷と押尾です。実は押尾も偏頭痛持ちなのですが、連日の残業で人一倍頑張ります。
芦川さんは帰宅して頭痛が治まると、大好きなスイーツ作りに励み、自分が迷惑をかけたおわびに、職場にせっせと持ってきます。ついにはホールケーキという大作まで完成させて持ってくる芦川さん。
激務に追われる二谷や押尾からしたら、頭痛でさっさと帰って人に仕事を押し付けておいて呑気にスイーツ作ってる、という気持ちになるのもわかります。
芦川さんに悪気はないのです。いっそ悪気があったほうが気持ちのやり場もあるかもしれません。
読み終えた直後は相当いやな気持ちになりました。芦川さんのような人を憎みたくなりました。芦川さんに悪気はないということも加えて、そんな無垢な芦川さんを憎む自分が嫌いにもなりました。
しかし、それこそが作者の意図に他ならないのでは、と気が付いたのです。
ここで思い出したのが漫画「ちいかわ」です。
ちいかわは、草むしり検定に受からない、トイレに行きたいことも言えない、弱々しい存在として描写されています。
かよわい存在の「ちいかわ」が「かわいい」と思えるのは、
作者のナガノさんが
「なんかちいさくてかわいいやつ」を愛でるために描いているからです。
かわいそうでかわいい。
それは、芦川さんを描写する際にも使われています。
そう言って仕事を頼むと、芦川さんは首を小さく傾げて不安そうにしながら「うん」と言う。不安に揺れる瞳は魅力的で、助けてあげてしまいたくなる。かわいそうでかわいい。
高瀬隼子「おいしいごはんが食べれらますように」(講談社)P49より引用
ちいかわを微笑ましく思うのも、芦川さんを疎ましく思うのも、元を辿れば同じ根源から発生している気持ち。
お互いの弱い部分をカバーしあいながら笑いあって生きていくのが理想ですけど、現実はそんなのは許せないだろう、と突き付けられたような心地がしました。
細かい部分が気になる
ここから先は蛇足です。
小さいことですが気になった部分。
二谷と芦川がデートに行ったのが、ブラジル料理のお店だったんです。
ブラジル音楽の軽快なリズムが流れる騒がしい店内で、サンバの衣装を着た店員に、鉄剣に巻かれた肉を切り落として皿に載せてもらった。
高瀬隼子「おいしいごはんが食べれらますように」(講談社)P24より引用
え……?
サンバの衣装で肉を……?
危なくないですかね?
他にも、お店の鴨鍋に普通にキャベツが入っている(そのキャベツが好きと描写もある)のが気になりました。家で作る鴨鍋にキャベツはあると思うんですけど、お店の鴨鍋にキャベツが入ってるのってなかなかレアじゃないですか?
以上、気になった細かい部分でした。
読後感はとにかくモヤモヤしますが、そのモヤモヤについて考える機会になりましたよ。