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日めくりインドア女子

いろいろかいてみる

「外部出力装置」としてのピアノ。【SONGS 矢野顕子】感想

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昨夜放送されたNHK「SONGS 矢野顕子」を見ました。

セットリストを振り返るとともに、感想を書いていきたいと思います。

▼公式サイト

1曲目「ごはんができたよ」

デビューから40周年を迎える矢野顕子さん。

1曲目に演奏されたのは「ごはんができたよ」でした。

モチーフ「ごはん」について

「ごはんができたよ」「ラーメン食べたい」など、矢野さんの曲には「食事」をモチーフとしたものが多いです。

その理由について、矢野さん自身は次のように語りました。

「すくなくとも私にとっては、『食べること』というのは恋愛よりも身近にある。恋愛の歌はいろいろな方がすばらしい曲を作っているから、わたしはわたしなりのモチーフで歌うことをしてきた」と。

さらに最近矢野さんと親交のあるアーティスト、くるり岸田繁さん

「この曲(ごはんができたよ)に込められた意味、ごはん、母親などのメタファーで語られる深い部分がすごい。矢野さんの音楽性は本当につかみどころがなくて自由なので、「ドジョウかウナギみたい」だとよく思う。この人にしかできないことを、ずっとやり続けているアーティスト」だと語ります。

 

SONGSスペシャルエディション「ごはんができたよ」

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演奏はピアノおよびボーカルが矢野顕子、その他に

という豪華メンバーからなる、矢野さんと旧知のバンド「TIN PAN」と一緒です。

 

歌詞が語る人生

くるりの岸田さんも言っていたように、本当に歌詞もすごいこの歌。

▼参考および引用元:「ごはんができたよ」歌詞

http://j-lyric.net/artist/a0018f1/l02d119.html

ごはんができたよって かあさんの叫ぶ声

最初は子どもの視点です。

ボールが見えなくなる夕暮れの時間まで遊んでいる子どもらのもとに、「ごはんができたよ」と母親が叫ぶ声が響きます。

いろいろな境遇のさまざまな性格の子どもたち。みんなで遊び疲れたあとには、「夜」が平等に訪れます。

そして二番。

ごはんができたよって かあさんの声がなつかしい

子供からすっかり成長した、大人の視点。

こういうの、すごくグッときます。曲の中で時間が経過するというもの。

時間経過ソングで他にぱっと思い当たるのが斉藤和義の「アゲハ」なんですけども、およそ3,4分ほどの曲の中に凝縮された膨大な時間に「芸術」を感じてゾクゾクしてしまいます。

それはさておき、「ごはんができたよ」において二番で成長した主人公は、父母には簡単に会えない距離にいることがわかります。

そしてかなりくじけています。落ち込んでいます。

子どもの頃には

ちょっぴり泣いたけどこんなに元気さ

とポジティブだった気持ちが、大人になってからは

ちょっぴり笑ったけどそれが何になるのさ

と、人生に疲れた感じを醸し出します。

でも、やはりみんなの上に平等に夜が来る。時間だけはどんな人にも、どんなことをしていても平等に流れる。この部分は昔も今も変わらず、誰の視点でもないところから夜の訪れを見守っている感じを受けます。

そして最後の一節。

つらいことばかりあるなら 帰って帰っておいで

ここで「母親」からの視点に変わります。

絶大な「愛」を示す母親。帰る場所、思っている人がいるんだよというメッセージ。

たとえ帰る場所がないと感じているようなときでも、矢野さんがニコニコしながらこれを歌っているのを見ると、「許された」という気持ちになります。

 

二曲目「ひとつだけ」

初めて知ったのですが、「ひとつだけ」 は元々アグネス・チャンさんに提供された曲だったそうです。言われてみればアグネス・チャンと矢野顕子、歌い方や声質としてはそう遠くないところにいるような気もします。

「ひとつだけ」をセルフカバーで矢野顕子さんの曲として歌うことになった経緯は、YMOのサポートメンバーだった頃に高橋幸宏さんの前で歌ってみたら、「アッコちゃん、今の曲よかったよ! すごくよかったよ!」とべらぼうに褒めてくれたのがはじまりだったそうです。

そのときは「そ、そう? そんなに?」という気持ちだったそうですが、それ以降から「この曲を歌っていると、周りのひとが喜んでくれる、すごくいい笑顔を見せてくれる」と気づいて、「ひとつだけ」が矢野さんの代表曲になった、と語っていました。

昨晩の「ひとつだけ」は矢野顕子さんのピアノとボーカルによる、ソロ弾き語りで演奏されました。

矢野さんの歌とピアノは年月ごと、聞くたびに違う表情を見せるので本当に「生きている矢野顕子という音楽」を聴いている気持ちになります。

 

矢野さんとピアノ

矢野顕子さんが初めてピアノに触れたのは三歳の時だったそうです。

それから「ピアノはわたしの外部出力装置」と自身で言うくらい、矢野さんとピアノは密接な関係にあります。

YMOのキーボーディストとして参加した当時を振り返って、細野晴臣さんが「当時17歳くらいだったものの、ピアノを聞いてみたらすでに『ピアノがすべて語ってる』と感じた。音楽を通じてわかりあえる人だと思った」と語っていたのが印象的でした。

矢野さんは「だれかが『今日は〇〇を見た』と文章で書き残すみたいに、わたしはピアノで『今日は〇〇を見た』と語るのが日常」とも。

それで矢野さんのピアノは生き物のように歌っていたり踊っていたりする感じがするのかもしれないですね。

 

矢野さんとニューヨーク

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矢野顕子さんは長い間ニューヨークで暮らしています。

それは子どもを異文化の中で育てたかったことと、ニューヨークが持つ独特の「アーティストの街」というところに惹かれているから。

ちなみに番組の語りは矢野さんの娘でアーティストでもある坂本美雨さんが担当していました。

美雨さんからみた矢野さんもまた、ピアノと密接な関係にあるアーティストであり、自宅でピアノが鳴らない日はなかったそうです。

矢野さん曰く、日本は住むには便利なところだけども、ニューヨークの「それで、次はなにをつくるんだ?」とアーティストに突きつけてくるような雰囲気を愛してやまない、それがわたしには必要だと感じる、そうです。

わたしはニューヨークに行ったことがないのでどんな空気なのかを肌で感じたことはありませんが、アーティストがニューヨークを目指す理由が矢野さんの話を聞いてすこしだけ分かった気がしました。

 

三曲目「ほうろう」

「SONGS」で演奏された三曲目は「ほうろう(小坂忠)」でした。

1975年に細野晴臣さんが作詞作曲をしたものですが、当時レコーディングに参加したアーティストが前述のTINPANはじめ、キーボードに矢野顕子さん、それからコーラスに大貫妙子さんや山下達郎さんなど超豪華な面々。

時を経て当時の参加メンバーでもある矢野顕子さんとTINPANによって演奏されました。

細野晴臣さんも矢野顕子さんも「これを演奏しているあいだじゅう、純粋に演奏者として楽しくてしかたがない」という曲。

わたしは今回初めて耳にしましたが、リズム&ブルースがカッコイイ曲でした。

 

おわりに

「アーティストとして熟成して、応援してくれるひともたくさんいて、やりたいことはだいたいできる。今がいちばん、歌うヨロコビがあります」と言う矢野顕子さん。

わたしが矢野顕子さんというアーティストを知ったのは今から20年ほど前ですが、昔の曲を聴いても不思議なことにあまり「なつかしい」という感じがしないです。

もちろん昔の思い出もつまっているけれど、いま現在のことも、これからの思いもそこに詰め込んでいきたいような、不思議な引力に満ちている矢野さんの曲。

好きな曲はたくさんありますが、アルバム単位でよく聴いていたのはこの三枚です。

※紹介しておいてなんですが、下の二枚は新品のCDが現在販売流通していないようですのでご注意ください。

 

▼代表曲が多いです。どの曲もおすすめ。

 

▼ピアノ弾き語りによるカバーソング集。「星の王子様」は個人的オールタイムベスト入り。

 

▼1曲目「SUPER FOLK SONG」が実に名曲。ピアノを弾けないわたしはカラオケでよく歌うのですがすごく「やりきった」気持ちになります。

 

というわけで「SONGS」。とても充実した内容でした。

これからの矢野顕子さんがどんな音楽を奏でていくのか、人生の楽しみのひとつでもあります。

 

お読みいただきありがとうございました。